はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 170 [ヒナ田舎へ行く]

ピクルスの引く馬車が屋敷の正面に到着したとき、ヒナはウォーターズに抱かれて眠っていた。

ブルーノは手綱から手を離し、後ろを振り返った。「着きましたよ」と言って、ウォーターズを胡散臭げに見やる。

ヒナは出発して間もなく、眠りに落ちた。それもウォーターズ邸へ続く道を確認してすぐのことだ。途中何度か起こそうとはしたのだが、その度ヒナは重い瞼をうっすらと持ち上げてはううんと呻り、ウォーターズの胸に顔を埋めるのだった。

それからずっとこの男の膝の上だ。ヒナが懐いているとはいえ、この男の挙動に納得できるのかといえば、そんなことはない。

こいつ、まさか大事なあずかりものに邪な感情を抱いたりしてないだろうな?

ブルーノは自分のダンに対するもろもろの感情を棚に上げ、思った。

そうだとしたら、やっかいだ。

ピクルスも到着を告げるようにブルルッと鼻を鳴らした。空は灰色に変わり、風が強く吹きはじめていた。

「ヒナ、着いたぞ」ウォーターズがヒナを揺する。それでは無理だと思ったのか、「おやつの時間だぞ」と付け加える。

それが功を奏したのか、ヒナは口をもにょもにょとうごめかしながら目を開けた。

「おやつ?」

まるで子供だ!

ブルーノは呆れ果てた。
やってられないとばかりに御者台から飛び降りると同時に、玄関からウェインと親父が現れた。親父はキビキビとヒナの元まで行き、「お帰りなさいませ」と頭を垂れた。寝起きみたいな頭のウェインは控えめに親父の後ろに付いている。早速自分の下に据えたというわけか。いかにも親父らしい。

「どうでしたか?風は冷たくありませんでしたか?」ヒューバートが気遣わしげに訊ねた。

「楽しかったです」ヒナはいけしゃあしゃあと答えた。

なかなかやるな。

「それはようございました」ヒューバートは満足げな様子でヒナの手を取った。

ヒナはヒューバートの手をぎゅっと掴み、ぴょこんと地上に降り立つと、ウォーターズを待って、一緒に邸内へ入っていった。

ブルーノは二人の後姿を見ながら、もはや見過ごせない事態だと、大いに眉を顰めた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 171 [ヒナ田舎へ行く]

ラドフォード館のくすんだ玄関広間に入ると、ヒナは大きなあくびをひとつし、帽子を脱いだ。たくし込んでいた髪の毛がバネのように飛び出し、頭の後ろでふわんふわんと弾んだ。

ヒューバートが如才なく帽子を受け取り、遅れてやって来たダンに手渡した。それからなにやらジャスティンに耳打ちをすると、煙のように消えた。

「ヒナ、先に行っていてくれ」今度はジャスティンがヒナに耳打ちをし、堂々たる足取りで書斎の方へ行ってしまった。

ヒナはヒューバートがジャスティンに何かするのではと不安になったが、カイルが現れた事でささやかな懸念は立ち消えとなった。

「おかえりヒナ!木こりヶ淵まで行った?」カイルは土産話を聞かせてとばかりに、ヒナの手を取って居間へと誘った。

「う、うん……」ヒナはうつむき、ぼそりと答えた。行ったかもしれないが眠っていたので確かなことは言えない。

居間に入ると二人並んで長椅子に腰掛けた。

「ああッ!僕も行きたかったなぁ~」カイルは悔しそうに手足をばたつかせた。

「次は一緒に行こうね。で、カイルはウェインと何してたの?」ヒナはうまく話題を変えた。この手法はおおおじのパーシーに習った。

ということで、今度はカイルがどぎまぎする番だった。

「な、なにって!?」声をひっくり返して、これでは何か面白いことがありましたと報告するようなものだ。

余計なことには鼻の利くヒナは、にやーっと笑って、カイルに身体をくっつけた。

「ウェインにレースの仕方教えてもらうんでしょ?」言葉に含みを持たせる。

「レースはまだまだ先だよ。今度一緒の遠乗りに行こうって話してたんだ」

「とおのりってなに?」ヒナは小首を傾げた。

「馬で遠くまで出かけること。でも、そんなに遠くは無理だから、木こりヶ淵くらいにしようかなーって思ってる。いいところだったでしょ?」

カイルに訊ねられて、ヒナはまたしても言葉に詰まった。何度も耳にしている木こりヶ淵だが、実際、木こりヶ淵って何?がヒナの心情だ。

「ヒナはここにいる方が好きかも」

「引きこもり?」

ひきこもり?

なんだか知らないことだらけ。

「うん、そうかも」ごにょごにょと言って、ヒナは椅子の背にもたれた。「疲れちゃった」とぼやく。

「僕もなんだか疲れちゃった」カイルもぐったりと脱力した。

「ウェインのせい?」ヒナは追及の手を緩めてはいなかった。

「うぇ?ち、違うよ!ウェインさんは関係ないよ!ちょっと待ちくたびれちゃっただけ」

「ほんとに?ヒナには本当のこと言って欲しいな」ヒナは残念そうにちぇっと口を鳴らした。自分のことを棚に上げていい気なものだ。

「あ、あっと、えーっと。あとで!あとで、話すね」カイルは観念したように言った。その顔は真っ赤に染まっていた。

ヒナはまたまたにんまりとした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 172 [ヒナ田舎へ行く]

「ウォーターズ様、どうぞお掛けください」

ヒューバートに言われるまでもなく、ジャスティンは座るつもりだった。

一番上等だと思われるソファに目星をつけ、そこに腰を下ろすと、まるで屋敷の主人のように振る舞うヒューバートに冷ややかな視線を向けた。

ヒューバートは落ち着き払った態度で向かいに座ると、ジャスティンの非難混じりの目をまっすぐに見据えた。

「さきほどウェインと話をしました」

それが何を意味するのか、想像するだけで冷や汗が出た。

『カナデ様のことでお話が』と言われ、ヒューバートのあとについて来たのだが、ウェインが話に絡むとなると、面倒は避けられないだろう。

残念ながら、ウェインは気が利く使用人とは言い難い。常に主人の思うとおりに動いてくれるかと言えば、そんなことはまれなわけで……。

「あれはずいぶんとお喋りだろう?」ジャスティンは探るように言った。

「おとなしいものですよ」ヒューバートはふふと笑った。

「どうやらあなたの前では、誰もがおとなしくなってしまうようですね」ジャスティンはあてこすった。

「カナデ様だけは別ですがね」ヒューバートもやり返す。

「あの子は、その――とても元気がいい」そこまで言って、ひどく馬鹿馬鹿しくなった。

ヒナは恐ろしいほど元気がいい。こちらの身が持たないのではと思うほど。
それをあえて言うまでもないのは明らかだし、これ以上ヒューバートと無益な探り合いをするのは時間の無駄だ。

「それから、ダンとも話をしました」ヒューバートは話を転じ続けた。「若いのに立派なものです」

「ダン?」あいつ、なにをやらかした?

「カナデ様を任せても安心だと言いたかったのです。あなたの目に狂いはないと」

ジャスティンは舌を飲み込んだような呻き声を漏らした。探り合いも何も、向こうは先刻ご承知というわけだ。

「ヒナが誰か、知っているというわけですね。俺のことも」

「はい、バーンズ様」ヒューバートはこれまでの非礼をお詫びしますというように、恭しく頭を垂れた。

「ここではウォーターズと呼んでください」ジャスティンは憮然と言い、時間を気にするように机の上の時計に目をやった。もちろん、時計は向こうを向いているので、時間は読めなかった。

ヒューバートはそれを見て、目を細めた。

「カナデ様が待ちくたびれてはいけませんので、端的に言わせていただきます。わたくしは伯爵のやり方に納得していません。いえ、もちろん最初は指示通り事情を知らない息子たちにすべてを任せるつもりでした。それもカナデ様に出会うまでの事です」ヒューバートは嘆かわしげに首を振った。「だからといって、指示に従わないというわけではありません。伯爵にも考えあってのことだと――」

「考え?いったい何の考えがあるって言うんだ!あいつはおじいちゃんに会いたいという孫の望みを、まるで塵でも払うかのように退けたんだ。自尊心?世間体?そんなものの為にだぞ!」ジャスティンは激高した。非難の矛先をヒューバートに向けるのはお門違いだが、あのクソじじいの肩を持つのは誰であろうと許せない。

「落ち着いてください」そう言ったヒューバートの顔にも怒りが滲んでいた。

伯爵とヒナがいまだ顔も合わせていないとは予想外だったらしい。

どうやら、何もかも知っているというわけではないようだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 173 [ヒナ田舎へ行く]

「いた?」

カイルはドアの隙間に頭を挟むヒナに囁いた。

ヒナは頷きながら、後ろに振り上げた手でカイルを掴んだ。一緒に覗けということだ。

カイルはヒナの頭の上に頭を乗せ、おそるおそる中を覗いた。

ヒナが『ウォーターさん遅いね』と言うので二人して書斎にやってきたのだが、お父さんと向かい合うウォーターさんはどこからどう見てもカンカンに怒っていた。

「それで、伯爵の考えとは?」

どうしてウォーターさんが伯爵の考えを気にするのか、カイルは不思議に思った。

「なぜここにカナデ様を送り込んだとお思いですか?」

送り込む?
カイルはすぐ下にいるヒナに目をやった。ヒナの表情はわからなかったが、頬がいつもより白く、青ざめているようにも見えた。

「送り込むとはまた、仰々しい物言いだな。ヒナがここにいる理由はひとつしかない。それはあなたもわかっているはずだ」

ウォーターさんの声は辛辣だった。

「もちろん承知しております。けれども、別の考えもあり得ます。たとえば、クロフト卿を相続人から外して、カナデ様を時期伯爵にと――」

カナデ様を時期伯爵?

「それはない」

とウォーターさんが言ったところで、ヒナが突然立ち上がった。頭が顎に直撃し、舌を噛みそうになった。ふわふわの髪がクッションになっていなかったら、青あざのひとつも出来ていただろう。

手首を捕まれ、半ば引きずられるようにして居間に取って返した。その間ヒナは無言で、驚くべき力を発揮していた。ヒナが手を離したとき、カイルの手首は赤くなっていた。

「ねぇ、ヒナ、いまのってどういう意味だろう?どうしてウォーターさんは怒ってたの?お父さんがヒナが伯爵になるって……」

「お願いカイル。いま聞いたこと、誰にも言わないで」

このセリフ、ほんの少し前にダンに言ったものと似ている。

『いま見たこと誰にも言わないで』

ダンは言わないと約束してくれた。ヒナにも。

だったら僕もヒナのお願いを聞いてあげるべきだよね。でも、あれこれ気になって仕方がない。

「僕には教えてくれる?そしたら誰にも言わない」なんだか卑怯な男になった気分。

「ほんと?」ヒナは目をうるうるさせてカイルの手を取った。

「ほんと。誰にも言ったりしないよ」

「ありがと。ヒューにもだよ」

「うん、わかった。でも、お父さんは知ってるんでしょ?」

「ヒューはわかってない。だって、ヒナは……」ヒナは目を伏せた。

ヒナは?

カイルは続きを待って、ごくりと唾を飲んだ。

「夜、ヒナの部屋に来てくれる?」ヒナはお願いとばかりに、カイルの手をぎゅっと握った。囁き声は消え入りそうだった。

「え?あ、うん。もちろん!」

ちぇ。それまでおあずけか。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 174 [ヒナ田舎へ行く]

さすがのヒナも、これがまずい状況だということは容易に理解できた。

ヒナは伯爵の孫だとばれてはいけないし、ウォーターズがジャスティンだとばれてもいけない。

けど、ヒューバートは知っている。

きっと知っていてもいい人なんだと、ヒナは考えた。だからあの約束は反故にはならない。いい子にしてたらお父さんとお母さんに会える。

ヒューと話をしなきゃ。そうしなきゃいけない。

でもその前にジュスと相談して、それからダンにも報告しなきゃ。

ジュスがあんなふうに怒ったのを見たのは久しぶりだった。けっして怒鳴ったりしない。声を鋭い刃物ようにして、相手を威嚇する。本当に恐くて背筋が震えた。

ヒナは警戒心がなさ過ぎたことを反省し、怒りが自分に向いていないことを祈った。正体がばれたのはヒナのせいではありませんようにと、呪文のようにもごもごと唱えた。

「大丈夫?」カイルの顔が下からにゅっと現れた。心配そうに眉間に皺を寄せている。「顔色悪いよ」

「うん、大丈夫」ヒナは大嘘を吐いた。

「それならいいけどさ、お茶遅いね」カイルはいたたまれない様子で、戸口に目をやった。

「ねぇ、カイル。お願いがあるの」

今日のヒナはカイルにお願いしてばかりだ。

「なに?」カイルは頼りにされて嬉しいのか、声を弾ませた。

「ウォーターさんと二人きりになりたいんだけど、協力してくれる?」

「二人きり?うん、まぁいいけ――」ど、という最後のひと文字は「なに二人でこそこそしている?」というブルーノの声に遮られた。

ひゃん!!「ブルゥッ!」

ヒナもカイルも飛び上がった。得てして、こういう時には邪魔が入ると決まっている。

「おやつ遅いなって言ってたんだ」カイルはまんざら嘘でもない嘘を吐いて、ヒナにチラッと目配せをした。

「そうなの。ヒナたち、おやつ遅いねって言ってたんだ」ヒナはどぎまぎしながらカイルの指示に従った。

「ふうん?支度は誰がしている?」ブルーノは疑いの目を二人に向けつつ訊ねた。

「ダンじゃない?」カイルは答えた。

「ウェインも一緒かも」ヒナも答えた。

「ったく。あいつらには任せてられないな」ブルーノはブツブツとこぼしながら、くるりと踵を返し、部屋から出て行った。

ヒナとカイルはホッと息を吐き、それまで固く握り合せたままだった手をようやく離した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 175 [ヒナ田舎へ行く]

ヒューバートの考えは分かった。

ジャスティンは会見を打ち切ると、これ以上聞く耳は持たないとばかりに席を立った。

彼は愚かにも、伯爵がヒナを孫と認めたと思っている。いや、もちろん、誰もがそう思うだろう。伯爵は跡取り息子を続けて二人も亡くし、爵位を甥に渡さなければならなくなった。

伯爵は甥であるパーシヴァル・クロフトを嫌っている。ラドフォードを名乗っていない事もあるが、なにより、後継が望めない事に起因していると思われる。だとしたら、ヒナとて同じ。

ヒナは誰にも渡さない。跡継ぎを作るためだけに妻を娶らせるなど、この俺が許すものか。

だが、このあまりに現実味の薄いヒューバートの考えは魅力的ではあった。のちのち伯爵となれば、か弱いヒナは力を持つ事が出来る。両親は駆け落ち結婚ではあったが、そのような醜聞などどうってことない。いざとなれば、親父(公爵)の力を借りてでも世間の口を閉じさせてみる。

まあ、伯爵はあらゆる手段を講じヒナが爵位を継ぐのを阻止しようとするだろうが。娘の結婚さえ認めず、パリかどこだか知らないが、未婚のまま今も生きていることになっているのだから。そんな娘に息子がいたら大変なことだ。

それでも彼はヒナの祖父だ。会えないとわかって、ヒナがどれだけ落胆したことか。

ヒナに会いさいすればと、ジャスティンは何度思っただろう。誰もがヒナには心を動かされずにはいられない。きっと伯爵も――

そうだ!そうするべきだ。こんな馬鹿馬鹿しいことはやめて、いますぐヒナを連れて伯爵邸を訪れるのだ。無理にでも押し入ってしまえばこっちのもの。どんなに拒絶しようとしても、ヒナが『おじいちゃん会いたかった』とでも言えばイチコロだ。

ジャスティンは案内をしようとするヒューバートは振り切り、ヒナの待つ居間へと急いだ。

帰ろう。今すぐに!

居間に踏み込むと、ヒナとカイルが色褪せた長椅子に仲良く座ってお喋りをしていた。ヒナはいつの間にかブーツを脱いで、ずり下げた靴下をつま先に引っ掛けぷらぷらさせている。

少し疲れたように肩を落としてこちらに背を向けているせいか、ジャスティンの登場には気づかない。

しばらく観察しようかと思っていると、こちら向きのカイルが気配を感じ取って顔を上げた。

驚いて目を丸くしたかと思うと、ヒナに急いたように報告する。ヒナがパッと振り返った。その顔には笑みが広がり、ジャスティンの胸は人知れず高鳴った。

カイルが席を立って、ヒナに一言二言なにやら呟くと、こちらにやって来てぺこんと頭を下げて、部屋から出て行った。

その動きが何を意味するのか考えるのは後回しにして、ジャスティンはヒナのそばに歩み寄った。けれどもやはり気になって振り返ってみたものの、カイルはとうの昔に姿を消していた。

「ヒナ、帰るぞ」

ジャスティンは前置きもなしに言った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 176 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナはゆっくりと顔を左右に振った。

一瞬心惹かれたが、今帰ることは出来ない。

ジャスティンに理由を聞かされても答えは同じだった。

これまで自覚はなかったが、ヒナは相応の決意を持ってここへやって来たのだ。だから途中で逃げ出すような真似はしたくない。

それに約束を果たせば、両親に会える。二人はきっとここにいるのだから、わざわざ帰る必要なんかない。おじいちゃんは嘘は吐かないと信じたかったのかもしれないし、男の意地もあったのかもしれない。

ジャスティンは反論し掛けたが、ヒナの真剣な顔つきを見て口をつぐんだ。それからいじけた口調でぼやいた。

「一緒にいられなくても平気なのか」

平気なわけない!一緒にいられなくて平気だったことなんて、これまで一度だってない。
それなのに――ジュスのばかっ!!

腹が立ったヒナはジャスティンの胸に噛み付いた。上着の襟をガジガジとかじり、やめなさいと言うジャスティンの言葉をすっぱり無視してよだれだらけにした。ヒナだって癇癪を爆発させることはあるのだ。

「ばかばかッ」どうにも気が収まらず、ついに声に出した。

「俺が悪かった。だから機嫌を直して、ほら。なぁ?」ジャスティンは猫撫で声を出し、ヒナの機嫌を取った。ちょっとした一言で、ヒナがこんなにも怒るとは思わなかったのだ。

よしよしと頭を撫でられ、ヒナの機嫌は少しだけ直った。ジャスティンに甘やかされるのは大好き。

「ヒナがヒューと話しする。それから、カイルにも説明しなきゃ。聞いてたの。ジュスとヒューの話」ヒナは慌ただしく捲し立てると、ジャスティンにすっかり身体を預けた。「カイルは秘密にしてくれるって約束してくれたから、ちゃんと話したい」

「ヒナがそうしたいなら、カイルにはきちんと話をしておきなさい。けど、これ以上は誰にも知られてはダメだぞ。もしも伯爵の耳に入れば――」ジャスティンは皆まで言わず、まわりを気にすることもなくヒナに口づけた。

ヒナはびっくりしたが、イケナイことをしていると思うと妙に興奮して、ついついキスを返してしまった。

誰かが居間に入ってきても、ジャスティンの陰にすっかり隠れてしまっているので安心だ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 177 [ヒナ田舎へ行く]

「ヒナ、もう少しだけ……」

なにやら甘ったるい囁き声が聞こえ、まさかこんなところでと自分の耳を疑ったのだが、小振りで形の良い耳はいつになく正常だと、直ちに判明した。

おかげでティーセットの乗ったトレイを危うく落としそうになった。

ダンは部屋の外に洩れないように、か細いキンキン声をあげながら(事情を知らぬ者の耳に入れば気でも違ったと思われかねない)、いちゃつく二人の間に割って入った。

旦那様とヒナは飛び上がって、あっちとこっちに別れた。声に驚いたからか、自分たちの愚かな行為に気付いたからかは定かではない。

まったく。

「ここをどこだと思っているんですか?」ダンは声をひそめ、最大限威厳をもって二人の主人を叱りつけた。

旦那様はさすがに恥じ入った様子で、ごにょごにょと言い訳めいたことを呟いた。

「いや、まぁ、ちょっとだけのつもりで……」

もう少しとせがんでいたのはどこの誰でしょうね?という言葉が喉元から出かかったが、そこまで大それた口をきくほどの度胸はダンにはなかった。おそらくウェインなら口にしていただろう。

「ジュスが急に……」ヒナはちゃっかり旦那様に責任をなすりつけた。

「ジュスではありません。ウォーターズ様です」ダンはぴしゃりと言った。

「は~い」ヒナは間の抜けた返事をして、やれやれとばかりに肩を竦めた。

もうっ。危機感が無さすぎ。

「他のやつらは来ないのか?」旦那様はそわそわと言い、戸口に目をやった。

「ええ、お茶はもういいそうです。ウェインもブルーノも」

「だったらガミガミ言わなくてもよかっただろうに。まあ、いい。お前も座れ」

ガミガミ!?

こんなに尽くしているのに、ヒドイ!

「何かお話でも?」トレイをテーブルに置き、ひとまず腰をおろした。

「ヒューバートの事だ。話をしたんだろう?」

ということは、旦那様もヒューと話を?それなら話は早い。

「ええ、すっかり何もかも知っていましたよ。ヒナに同情的ではありましたが、あちらにはあちらの都合があるようで、こちらの思い通りには動いてくれそうにありませんでした」

「まあ、仕方がないだろうな。協力したくても出来ない事情があるんだからな。まあ、お前が追い出されないだけでもありがたい。ヒナひとりじゃどうにもならんからな」

「そうなの。ヒナはひとりじゃどうにもならないの」ヒナがしおらしく言う。

「旦那様も――コホンッ――ウォーターズ様もこちらを頻繁に訪問できるようですし、これでしばらく様子を見るしかないでしょうね」

屋敷の中に事情を知るものと知らないものが混在するのは非常にやりにくくはあるが、自分はこれまでと変わらずヒナの世話役に徹していればいいだけのこと。

問題はカイルとウェインのこと、それにブルーノの僕に対する態度。スペンサーの態度もちょっと気になる。

カイルのことはしばらく見守るしかないけど、自分のこととなるとそうのんきなことも言ってられない。理不尽に怒鳴られたり、引きずられたりするのはごめんだ。

もしも、もしも僕に対してすこしでも好意があるなら、もっと優しく扱って欲しいものだ。

そのへん、はっきりさせなきゃ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 178 [ヒナ田舎へ行く]

ヒューバート(とダン)の使いで出掛けていたスペンサーが戻ったのは、晩餐の支度がすっかり整った頃だった。

実に、おなかがぺこぺこだった。

という事でスペンサーは、ヒューバートへの報告も着替えも後回しにして、食堂へ向かった。

食堂にはヒナとカイルがいた。テーブルのセッティング中だ。

ヒナがやけに上機嫌で手伝いをしているのを見て、スペンサーは一抹の不安を覚えた。

「ウォーターズは帰ったんだろうな?」

もし、まだいたとしたら嫌味のひとつでも言ってやるつもりだった。

『どうせならここに住んだらどうだ?』とでも。ヒナが喜びそうだなとスペンサーは思った。

「視察から戻って、ちょっとしたら帰ったよ。ね、ヒナ」カイルがテーブルの中央に鍋を据えながら言う。ヒナはその横にスープボウルを置いた。五つということは、ヒューバートは不参加のようだ。

「視察?ああ、視察な。ヒナ、木こりヶ淵はどうだった?」スペンサーは安心して上座に腰を据えた。

「木こり……うん、まあまあ」ヒナの口調は木こりヶ淵に不満でもあるかのように素っ気なかった。

なのでスペンサーも「そっか」と話を打ち切った。

が、カイルが話を終わらせなかった。

「ヒナは眠っちゃってて見てないんだって。ブルーノが言ってたよ」

「眠っ――それじゃあ意味ないだろうに」そう言ったところで、ブルーノが食堂に現れた。手には焼き立てのミートパイ、後ろにはダンを従えている。スペンサーは歯がゆさに奥歯を噛み締めた。

「何度も起こしたんだが、ぐうぐういびきをかいていてな」ブルーノが言う。

「うそだよ。ウォーターさんはそんなこと言ってなかったもんッ!」ヒナはからかわれているとも知らず、むきになって反論した。寝ていたのは事実でもいびきはかきたくないようだ。

なかなか面白いので、スペンサーも乗った。「ははっ。そりゃウォーターズも気を使ったのさ」

「ちがうちがう!」ヒナはますますむきになった。

ブルーノは笑いを噛み殺しながら席に着いた。「まぁ、一応は連れて行ったんだからこれでいいんだろう?伯爵はヒナに地図でも描けと命じていたか?」

「起きていなきゃならんとも言っていなかったはずだ」スペンサーはブルーノの言葉を補った。なんだかんだ言いながら、二人ともヒナには甘い。

「でもやっぱり、寝ていたら意味がないでしょうね」一番厳しいのはダンだった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 179 [ヒナ田舎へ行く]

恒例となったヒナの『イタダキマス』という言葉を合図に食事が始まった。

ブルーノは贅沢な食卓を満足げに見やり、我が家の財政状況でいつまでこれが続くのかと、少しばかり不安にもなった。

おそらく隣からの支援(ウォーターズは手土産だと言って、あれこれ食料を持参する)がなければ、一週間も経たないうちに粥だけの食事になるだろう。朝昼晩ともに。もちろんおやつはなし。

ヒナはあまりお腹が空いていないのか、スープの浮き身をちびちびと食べている。

いったい誰のために作っていると思っているんだ?ブルーノはムッとしたが、ダンが皿の上のミートパイをなかなかのスピードで胃袋に収めているのを見て、たちまち機嫌は直った。

「スペンサーはどこに行ってたの?」ヒナはいつものように調子っぱずれにスペンサーの名を口にした。

「うん?ちょっとな」スペンサーは曖昧に答えた。きっとヒナに聞かせたくない話でもあるのだろう。

「じいちゃんに会いに行ってたって、お父さんが言ってた」とカイル。話を聞きたくてうずうずしているようだ。それはブルーノも同じだった。

「おじいちゃんに?カイルのおじいちゃん?」ヒナが驚いたように言う。

いったい何に驚いたのやら。

「みんなのおじいちゃんだけど」カイルは当然のように答え、温め直したパンをスープに浮かべた。

「そりゃそうだ」とスペンサー。

「で、じいさまはなんて?」やっとブルーノは口を挟んだ。ダンの事で相談に行ったのは分かっている。結果はいかに?

「ん、まあ、そうだな。じいさまがすべてうまくやるそうだ」

「うまくやるって、どういうふうに?」カイルが突っ込んで訊く。

「さあな。じいさまがやるって言ったらやるんだ。ロンドンに使いを出すって言ってたし、もしかしたら伯爵に直談判でもするんじゃないのか?」

「まさか?黙っていれば知られることもないのに、わざわざ知らせる事はないだろう」

「じいさまの考えは読めん」スペンサーはぴしゃりと言い、カイルに豚肉と豆の煮込みを取り分けるように指示を出した。

ブルーノは憮然とスペンサーを睨みつけた。どうにも親父とスペンサーとで話をややこしくしているような気がしてならない。じいさまの行動も予期できたはずなのに、わざわざ巻き込んでいる。さっぱり理解できない。

ロンドンへの使いに志願してみようか?

ブルーノはそんな事をちらりと思ったが、いまダンから離れるわけにはいかないことをすぐさま思い出した。一緒に連れて行けたらどんなにいいか。となるとヒナも同行することになり、状況はさらに混迷する。

伯爵の要望は単純だが、聞く方としてはなかなか難しい。

「じいさまに会ってみたい」ヒナが遠慮がちにぽつっと言った。

「あ、僕も」とダンも。

「二人はここから出られないからダメだ」スペンサーはにべもない。

「じいちゃんに来てもらえばいいんじゃない?」カイルが名案をひねり出した。

だがそれは無理というもの。

じいさまはこの屋敷が嫌いだ。

つづく


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